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 そろそろ春へ
    2 月
   

 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。


 【2月編】

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★2004.2.23 ・・・・・  中途半端  ・・・・・

 2月とは思えないような暖かさで、3月どころか4月の暖かさを彷彿とさせる週末でした

 1月に車を買い換えたのですが、困ったことが一つだけあります。基本的に山梨の冬は内陸性盆地気候なので気温は低くなるが乾燥するので、降雪量は少なく標高の高い地域を除いては、冬用タイヤであるスタッドレスタイヤは必需品というほどではありません。降雪も一冬数回程度で、除雪をしたり塩カルを撒いたりしていますので、日影の裏通り以外は比較的早く雪も解けてしまいます
 ところが、フィールドの山の中では、そのようなことはなく標高の高いところでは5月の連休明けまで林道に雪が残っているところもあります。ですから、僕のように山に出かける人達には、当たり前のことですがスタッドレスタイヤは安全のためには必需品であり、最低でも新しいオールシーズンタイヤは欲しいところなのです
 ちなみに、僕のお気に入りのタイヤはBFGoodrichのT/A(オールテレーン)と呼ばれているタイヤで、ランドクルーザーに乗っている時から愛用していたタイヤです。このタイヤは、とても肉厚でタイヤの径が普通のタイヤより広いという特徴があり、野外を走るのには最適な特徴を備えています。肉厚というのは、パンクやバーストに非常に強く、悪路を走っている時でも簡単にパンクすることがないので安心して走ることができ、タイヤの「持ち」も抜群に良く、8万kmくらいまで走っても大丈夫なくらい長持ちしますので、経済的にも優れています。タイヤの径が広いということは、このタイヤを装着すると、多少でも車高があがるということで、林道を走っている時に多少の石ころや窪みくらいで車の底を不用意に打つような危険が少なくなり、積雪時にもスタックしにくくなるという良いことがあります(ちなみに、他の同じようなタイヤと比べると3cmくらいアップします)。また、オールテレーンということですので、ある程度雪道にも強く、2シーズンくらいだったら雪道でもそこそこの接地力があり、冬用タイヤとしても充分使えるという、なかなか便利なタイヤなのです

 前のデリカに乗っている時には、最初に履いていたタイヤはすり減った普通のタイヤでしたので、雪道を一度走った時にツルツルと恐ろしく滑ってしまったため、冬にスタッドレスに履き替え、春からはBFGoodrichのT/Aに履き替えたのです。ですから、古いデリカ用のタイヤは、スタッドレスとBFGoodrichの2組があったのですが、今の車に換える時に悩んだのは、どちらのタイヤを残しておこうかなということでした。タイヤの径は今の車と同じですので、1組残しておくタイヤについては、今の車にも装着できますので、どちらにしようか悩んだのですが、BFGoodrichを残しておいて、スタッドレスを出したのです。現在の車は、すり減ったオールシーズンを履いていたのですが、これくらいなら今冬くらいは大丈夫だろうと思うとともに、既に2月ですのでスタッドレスを必要とする期間も少ないからと思ったからです。ところが、実際に雪道を走ってみると、思ったよりもグリップ力はなく、登りの雪道ですら後輪が滑りながら登っていくという有り様でした

 これではちょっと危ない感じもしますし、さりとて、スタッドレスを買うのには中途半端な時期なので、BFGoodrichに履き替えてしまおうか、それとも雪が降らないように祈ろうか、ちょっと迷っています



★2004.2.16 ・・・・・  カーナビ  ・・・・・

 『成果主義 成果挙げない 人が説き ー第17回サラリーマン川柳コンクール全国最優秀作100編ーが発表になりました。いつ見ても楽しいですね

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 「かーなび」とPCに入力すると、勝手に「カーナビ」と変換してくれますので、カーナビはすでに一般化していて、かなりの自動車に装着されているようですが、もちろん我が愛車には付いていません

 付けなければならないという必要に迫られているわけでもなく、欲しいという欲求もないからという感じで、必要であれば自動車地図でも見れば充分だろうと思っているからです。少し前の事になりますが、長野県に出かけ帰りにとある道で信号待ちをしている時に、前に停まっている東京ナンバーの車を見ると、運転手と助手席の人がカーナビに映された路線を指さしながら何かを話し合っている姿が見え、その車はその交差点を直進していきました。その時は、スキーシーズンの真っ最中でして、日曜日の夕方ということもあり、その道を真っ直ぐ進むと、ほぼ間違いなく渋滞に巻き込まれてしまうことは、経験からわかっていたので、我々はその交差点を左折して、裏道を通りながら高速のICを目指し、渋滞に巻き込まれることなく、スムースにICまで走ることができました

 前を走っていた東京ナンバーの車が、どこを目指していたかは実際にはわからないのですが、日曜日の夕方とであれば、普通なら家に帰るためICを目指していたはずで、実際にその交差点を直進したからといって確実に渋滞に巻き込まれたかどうかも定かではありませんが、普通に考えれば、間違いなく渋滞に巻き込まれていたでしょう。そのようなことがあると、カーナビもそれほど役に立たないのではないかと思っていました

 それと、僕の車で出かける場所を冷静に考えると、たとえ距離的には遠距離であっても、90%以上は既に知っている道を走り、良く知らない道や初めての道を走ることなどは、それほど多くはないので、それくらいのことであれば道路マップで充分だと考えていたし、あとは勘に頼りの運転でも平気だろうと・・・・・

 ところが、鹿児島に出かけてレンタカーを借りた時に、カーナビに到着先を入力すると、曲がるべき交差点の少し前になると 「300m先交差点を右折です」 とか 「500m先を左折です」 とか、音声付きで親切にナビしてくれるのを見ていると、 『お〜〜っ! これってちょっと便利かな』 と思ってしまいました。目的地の入力についても、名前で入力するだけでなく、電話番号でも入力でき、行き先が決まっている場合には、結構使えそうというか、かなり便利なものでありそうだと思い直してしまいました。同乗している仲間に聞くと、7人中3名がカーナビを付けているということで、とても重宝しているそうです。それほど便利なものなら、僕も付けてみようかなと検討したのですが、普及機で10万円前後、良いものなら20万円前後ということなので、金額を調べて簡単にあきらめました

 今使っている道路マップは数年前のものなので、新しい道路が記載されていないところがかなりあり、そのような場所を通っている時には、まったくどこを走っているかわからなくなる場合があります。これでは、頼りの地図も何の役に立ちませんね。あらためて調べてみると、このマップは1996年製のものでした。画像ではリンゴも赤みを帯びていますが、実際は色も褪めてしまい昔の温州ミカンみたいな色になっているほど古いものですので、記載されていない道がたくさんあっても仕方がないですね

 とりあえずは、最新の道路地図でも買っておこうかなと・・・・・



★2004.2.11 ・・・・・  姿 勢  ・・・・・

 景気も悪く世知辛い世の中にだんだんなってきましたが、時にアナウンスされる暖かな話題には、ちょっとホッとさせられることがあります。先月も、車に轢かれてしまった犬が、事故現場の近所の方や通りかかった人により動物病院に搬送され命をとりとめた・・・というニュースがありました。動物病院で要した費用については、見ず知らずの人々が負担したそうで、結局は飼い主が見つかり、無事飼い主の元に戻ることができたというものです。このようにホッとさせられる話題は、この事例やタマちゃんのように動物を相手にしたものが多く、もちろん、人間も例外ではありません。数年前には、駅から線路に落ちてしまった人を、自分の身を挺して救った韓国の人の話題も忘れることができないものです
 基本的にホッとする(心を打つ)ような話題は、人間を含んだ対動物(生き物)に対する愛情溢れた行動がほとんどなのですが、今回、僕がホッとさせられたニュースは、このような生き物相手のものではなく、一企業を相手にした行為でした
 それは、先日の神戸新聞のウェブ上から配信されたもので、次のようなものです

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 『  雪印食品(解散)の牛肉偽装事件で偽装牛肉の保管場所となり、事件を公表した西宮市の倉庫会社「西宮冷蔵」が、今春にも営業を再開する方針を固めたことが六日、分かった。偽装発覚後、経営が悪化し一度は廃業したが、全国の支援者から寄せられた寄付金が八百万円を超え、送電の再開費用など当面の資金繰りのめどがついたため、再開を決めたという。
 水谷洋一社長(50)は「負債はまだ約十三億円あるが、支援者に報いるため頑張る。今後とも社会正義を果たしたい」と話している。
 水谷社長は二〇〇二年一月、雪印食品社員が輸入牛肉を国産と偽装していた事実を公表。その後、取引停止を申し出る業者が相次いだ上、西宮冷蔵も在庫証明書を改ざんしたとして国土交通省から営業停止処分を受けるなどし、同年十一月に廃業を決めた。   』

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 本来ならこの記事にリンクを貼れば良いのでしょうが、久しぶりに感動したもので、悪いとは思いながらも、全文を引用させてもらうことにしました。しばらくすると削除されてしまいますので、このような記事は是非残したいと思ったからです

 暖かいニュースです

 このようなご時世ですから、不正をしてでも生き残りに必死な企業立場もわかります。また、そのことを許すことができずに、告発してしまった社長さんの意気もなんとなくですがわかるような気がします。我々サラリーマンと違って経営者は、会社も存続させなければならないだろうし、自分自身の家族の生活だけではなく、社員の家族や生活まで背負い込んでいる立場の社長さんが、このような告発をするのに至ったことには、想像を絶するような葛藤があったことでしょう
 13億円の負債ということですから、その額から比べれば800万円などの寄付金は、額にすればとるに足らないものかもしれませんが、この社長さんからすれば「何物にも代えられない、かけがえのない」ものだったことと想像できます
 これからの企業だけでなく、個人の生き方を問われたような、暖かいニュースだと思いました



★2004.2.8 ・・・・・  愉快な仲間達・2  ・・・・・

 翌朝、目覚ましの音で起きたのですが、とにかく驚いた事が一つありました。それは何かというと、まったく二日酔いをしていないということでした。蒸留酒である焼酎は、飲んでも酔いが醒めるのが早く、二日酔いをしにくい・・・とは、良く聞くのですが、この朝は、本当にそのことを実感しました。ここ数年間、日本酒による記憶喪失と、飲み過ぎの翌日の二日酔いの多さに悩まされていた僕には、あまりにも爽やかな目覚めに驚いてしまい、焼酎の良さを見直した朝でして、これからは、日本酒専門ではなく、焼酎を中心とした晩酌ライフに切り替えようと思っています

 そんなことはともかく
 爽やかに起床し、部屋のテラスから鹿児島湾に昇る朝日を存分に眺め、我々一行は朝食に向かう事にしました。朝から焼酎のお湯割りを頼むのも少々気が引けるので、ありきたりのビュッフェ形式の朝食をつまみに、軽くビールを飲むことにしました。僕の好物である海藻のサラダがあったことは大歓迎でした

 2日目の予定は、指宿に行き有名な 【砂蒸し風呂】 に入ることに決めてありましたので、一路レンタカーを繰り出して指宿に向かいました。鹿児島から1時間ちょっと車でかかるということでしたので、9:00くらいには出発することに決めました。出発まで少し時間があったので、お土産用の焼酎を探そうと近くの酒屋に出かけたのですが、まあ、おびただしい数の焼酎の銘柄があり、この中から1本だけ選ぶのは、とうていできそうも無さそうな気がしたので、店員さんを呼んで「本州では手に入りそうにないもの・四合瓶・少し変わったものでセレクトしてくれ」とお願いしたところ、選んでくれたのが「赤ひげ」という、とうもろこしを使った焼酎でした。どこかで見た瓶のような感じがするのですが、まあ、これでいいかと・・・購入した焼酎をザックに詰めホテルに戻ると、ちょうど会計を済ませて皆が出てくるところで、そのままレンタカーに乗り込み、一路指宿を目指し車を走らせました。海岸線の国道は、本土では見ることのできない古い民家がたくさんあったり、変わった形の墓地があったり、菜の花が一面に咲き乱れるところがあったりと、車窓を楽しませてくれたのですが、やはり睡眠不足には勝てず、知らない間に軽い眠りについてしまい、目が覚めた時には指宿市内に到着していました

 この『砂蒸し風呂』というのは、海岸線近くに湧いている温泉が、砂浜を通って海に流れ込むそうで、その時の砂の温度が50〜70度となり、その暖まった砂を身体に掛けるもので、あまたある温泉のなかでもピカイチに変わった温泉でもあります。温泉は約1kmに渡る海岸線で湧出しているそうで、市営のものから民間のものまで、いくつかこの砂蒸し風呂があるそうなのですが、地元の人に「市営の砂蒸しが一番良いですよ」と言われたもので、市営の砂蒸し風呂に入ることに決めました

 鹿児島に来るのは初めてなので、この砂蒸し風呂も、もちろん初体験です。脱衣所で渡された浴衣に着替え海岸に出ると、そこが砂蒸しの海岸になっていて、雨天でも雨に濡れないようにと、簡易的な屋根が葺いてある場所があり、そこが砂蒸し風呂になっていました。そこで、浴衣を着たまま係員の指示に従い砂の上に寝ころぶと、係員の方が暖かい砂をスコップで体中に掛けてくれ、あとは、そのままの姿勢で10〜15分ほどじっとしているというものです
 最初のうちは、「何だぁ、たいしたことないじゃん」と思っていたのですが、5分ほどすると手や足がピリピリとしてきて、手足がドクドクと脈打つのがわかってきました。10分ほどすると、仲間からは「背中がピリピリしてきた」とか「背中が痛くなってきた」などとの声があがってきたのですが、僕の場合は、そのようなことはなく、多少は背中が熱かったのですが、あいかわらず手足の脈が激しくドックドクと脈打つ感じだけで、体中が少しだけ汗ばんできました。この頃になると、気持ちがよいのか皆無口になり、打ち寄せるかすかな波の音が子守歌のように聞こえ、身体は火照ってきても、心地よい潮風が軽く顔を撫でていき、得も言われぬ程の癒し感を感じさせるものでした
「熱くなってきたら、手足を砂から出すとしばらくの間は我慢できますよ」とも言われていたのですが、そのままの状態で20分ほど砂に蒸された後、出ることにきめました。海岸から建物に戻り、砂にまみれた浴衣を脱ぎシャワーで身体に付いた砂を洗い流して、今度は内風呂にゆっくりと浸かり、これで砂蒸しコースが終了します
 ゆっくりと砂にまみれた身体を洗い流してから、内風呂に入り廻りを見ると、背中が赤い人がたくさんいて、「背中が熱い」とか「背中が痛い」とかの感想が間違いでないことがわかりました
 なんとなく、血行が良くなったり、体の中に貯まっていた老廃物が排出されたような感じがするとともに、とっても爽快な気分になり、今まで入った温泉の中では最高のお気に入りになってしまいました
 温泉から出た後に、生ビールを飲みながら温泉のパンフレットを読んでいると、この温泉の歴史は想像以上に古く、江戸時代から続いているそうで、農閑期には近郷近在の農家の方が、疲れを癒しに訪れたりしていたそうで、かなりの人気があったそうです。また、温泉の効能についてもいくつか書かれていたのですが、医学的な分析をしたところ「温泉に入る前は、どす黒かった静脈の血液が、入浴後は鮮明な赤い血になっていて血行促進効果が高い」とも書かれていて、僕に合っているように思え、久しぶりに「また訪れたくなる温泉」に巡り会えました
 潮風に当たりながら、火照った体を生ビールで鎮めた後は、お土産を買いに鹿児島市内に行き、昼食をとり空港へ戻ることにして、河岸線の道を再び鹿児島に向かいました

 市内で買い物をしようと予定していた物産センターは、なんと日曜日なのに休業をしていて、仕方がないので、少し時間は早いのですが空港に戻り、そこで昼食と買い物を済ませようということになりました。さっそくレンタカー会社へ車を返し、空港へと向かうことにし、高速を飛ばしレンタカーを返し、空港に着いたのは14:15くらいでした。さっそく和食がとれる食堂に飛び込み、今度はキビナゴ・地鶏などをおつまみに、最後の焼酎をゆっくりと楽しんで、16:00発の羽田行きの飛行機に乗る頃には、春の雨がしとしとと降り出していました

 機内では、いつものとおりほとんど寝て過ごし、羽田に到着し機外へ出たのは15:35くらいで、甲府行きのバスは18:10発ということでしたので、バス搭乗のチェックをしながらも、仲間は酒を買いに走り、帰りのバスの中でもお酒を飲むことにします。帰り道の高速では、日曜日にもかかわらず夕方ということもあって、若干混んでいたのですが、都内のネオンを肴にお酒を飲み、中央高速道路に移る前には、すでに軽い眠りについていました

 とまあこのような感じで、無尽の旅行は無事に終わったのですが、飲んでいる時は特に何も感じてはいないのですが、こうして文にしてみると、どこへ行っても飲み続けながら、大騒ぎをしているのです。しかし、あまりに恥ずかしいので騒いでいる光景の写真をアップすることはできないし、騒いでいる様子を書くことはできません。たまに田舎の団体さんが昼間から迷惑に騒いでいるのを高速のPAや観光地などで見かけることがありますが、まあ、冷静に考えればあんなものなのでしょう

 2日間もほとんど飲みっぱなしでいるのに、家に帰ってからも、風呂上がりに焼酎を飲んだりしていまして、結局2日間とも朝から寝るまで飲んでいたということになります。かなりの馬鹿ですね




★2004.2.5 ・・・・・  愉快な仲間達・1  ・・・・・

 今回の旅行については参加者が7人となり、旅程は土曜日の午前4時発のバスで羽田に向かい、羽田から飛行機で鹿児島に飛んで、あとはレンタカーを借りて適当に過ごす・・・・というアバウトな旅程が提示され、そのバスに乗り遅れた者は、9時までに羽田に集合という、いきなりハードなスタートとなっています
 一番困ったのは、前日の金曜日です。この日は僕の所属する職場で『一泊の新年会』が開催されることになっているからです。旅行に行く着替えだけ持って新年会に参加して、そこで夜中まで飲んでいて、バスに乗ろうかなとも思ったのですが、いくらなんでもこの齢になってしまうとその体力はなさそうですので、新年会にだけ参加し、その後、少しでも仮眠をとってから旅行に出かけようと思い、金曜日には新年会に参加し、温泉につかってから10時くらいに帰宅しました。飲み足りない酒を飲みながら旅行に出かける準備をして、12時くらいには眠りにつき、確実に起床できるように目覚まし時計を3:00・3:10・3:15と段階的に3個が鳴るようにセットをしておきました

 なんとか、3:10の目覚ましで完全に起きることができ、3:30には家を出ることができ、遅れずにバスに乗り込むことができました。そこで、幹事から渡されたのが、写真のような日本酒とスルメです
 昨日書き忘れていましたが、愉快な仲間達は僕をはじめとして皆酒好きで、騒ぐ事が好きな連中のです。ですから、朝だろうと夜中だろうとお酒が出てくるので、酒飲みとしては、誠に嬉しいものですが、酒を嫌いな人には朝4時から飲むのは、耐えられないかもしれません


 とりあえず一杯飲んでから、軽く眠りにつき、羽田空港に到着したのは定刻よりもかなり早い時間の7:00前でした。とりあえずチケットのチェックをした後、近くの食堂に飛び込み、まわりのお客さんは朝食をとっている中で、我々のグループは生ビール→熱燗といつものパターンで宴会を始めてしまいました。1時間半ほど飲んでいたところ、お店の人に「食事をしないのなら出ていってください」みたいなことを言われてしまい、仕方がなく河岸を代えようと、チェックインをして、搭乗口の近くにあるお店登場までの時間、ウィスキーをグイグイ飲み始めました。もちろんダブルで注文したのですが、ちょっと薄いような感じが・・・・・

 飛行機に乗り込んだら、睡眠不足を解消するため、あとはひたすら眠るだけです。鉄の塊ともいえる飛行機が空を飛ぶ事があまりに信じられない僕は、飛行機はあまり好きでないこともあり、仕方がなく飛行機に乗る時は極力眠るように努めています

 鹿児島空港に到着すると、早速8人乗りのレンタカーを借り鹿児島市内に向かいました。空港から市内までは結構距離があり、車で45分ほどという感じでした。今日の昼食は、鹿児島ラーメンという事に決まり、レンタカーについているナビを操作するのですが、最初は使い方が良くわからなく、なかなか設定ができません。仕方がなく、適当に市街地方面へ車を走らせ、コンビニで美味しいラーメン屋さんの場所を聞き、教えてもらった場所に向かうと、その店は 『三平らーめん』 というところで地元でも人気のお店らしく、店に到着した時は、13:00を過ぎていたのにもかかわらず、少し待たされてから店内に案内されました。どうやら、過去にはオリジナルカップ麺も発売しているらしく、期待のできそうなお店でした。とりあえず生ビールと熱燗を頼んでみると、驚く事に日本酒の熱燗はおいていないという事で・・・さすがは焼酎の本場です。あらためて遠くに来たものだと実感し、今回の旅行中は、せっかくだから地元の焼酎で楽しもうと、黒豚のチャーシューと黒豚餃子をおつまみに、伊佐美(焼酎の銘柄)のお湯割りを飲む事にしました。香りや味にクセのある乙類焼酎は、もともと嫌いではなかったので、本場の焼酎は楽しみといえば楽しみなのですが、ラーメン屋さんに日本酒がないとは、いかに焼酎の本場とはいえかなりの驚きでした。我々が飲んでいる間にも、お客さんはひっきりなしに訪れ、なかには店に入れずに待っている人もいたのですが、そんなことにはお構いなく、昼の酒宴は2時間近く続き、最後に小盛りラーメンをいただいて店を後にしたのですが、店側からすると、昼間から大騒ぎをするお客連中だと思われたかもしれませんが、まあ、たくさん飲み食いしたから良いでしょう。店員さんもやさしい笑顔で送り出してくれました
 肝心の鹿児島ラーメンの味ですが、九州で唯一博多ラーメン(とんこつ白湯スープ)の影響を受けていないものということで、このお店では、 豚骨+黒味噌 と 豚骨+醤油 の2種類の味のラーメンが用意をされていて、どちらの味もそれぞれ特色があり、ちょっとこってりしているかなという感じでしたが、なかなか美味しかったです

 その後は、ナビの使い方もどうにかわかったので、ホテルに入る前に繁華街を探そうと、西鹿児島駅〜天文館あたりをうろつき、宿泊先のホテルである東急鹿児島ホテルに向かいました。ホテルについて驚いたのが、繁華街からははるかに遠い鹿児島湾の海岸線近くにあり、タクシーで夕方出かけるのにもかなりの金額がかかりそうな場所でした
 振り分けられた部屋にそれぞれ荷物を置き、夕方からの予定を決めようと、一部屋に集まっては再び飲みはじめました。夕食は 『黒豚のしゃぶしゃぶ』 と決めていて、食事を予定していたお店までは、タクシー2台で往復8,000円〜10,000円くらいはかかるだろうということでしたので、そのお店に行くことはあきらめ、ホテルの近所にあるお店でしゃぶしゃぶを食べる事に決めました。シャワーで軽く汗を流した後、しゃぶしゃぶを食べに行ったのですが、このお店でもドリンクのメインは、やはり焼酎でして、日本酒の銘柄は5種類ほどしかなかったのですが、焼酎の銘柄は10数種類も揃えてあるといった具合です。森伊蔵・村尾などの著名な銘柄から聞いたことのないものまでたくさんあるのには驚きでした
 黒豚しゃぶしゃぶの味ですが、このお店ではポン酢ダレと胡麻ダレが用意をされていたのですが、胡麻ダレについては黒胡麻が使ってあるのか、グレーから黒に近い色をしているといった感じでしたが、普通の白胡麻のものと比べてコクがあるという感じのもので、肉にコクのある黒豚との相性も良かったように思えました。ただし、ほとんど飲み通しなので、肉は7人で4人前頼んだのですが、それでも余ってしまうような状況で、サラダ・トマト・お新香などのさっぱりしたおつまみだけが減るだけという有り様でした
 また、焼酎も美味しく飲め、ホテルに帰る時もビールやウィスキーと共に焼酎も2本ほど買って帰り、今度は部屋の中で宴会です。部屋の中で飲んでいる時も、暖房を切っているのにもかかわらず暑く感じるくらいで、酒の酔いともあいまって、最後の頃は、窓を開けっぱなしにしておいて飲んでいました
 睡眠不足ということもあり、解散したのは日付がかわろうかという12:00くらいでした。いつもなら夜中の2時くらいまではのんで大騒ぎをしているのですが、歳と睡眠不足には誰も勝てないようです
 宿泊したホテルは海岸線の辺鄙なところにあるのですが、部屋からは正面に桜島が見えるという、ロケーション的には非常に良いところにあり、桜島のみならずそれぞれの部屋からは昇る朝日も見えると言うことで、昇る朝日でも見ようかと6:50に目覚ましをセットしておき、ベッドに潜り込んだのは12:30くらいといったところでしょうか。毎回、夜中まで飲んで騒いでいるのですが、全員が睡眠不足の今回は、さすがに早く寝る事になりました



★2004.2.2 ・・・・・  愉快な仲間達  ・・・・・

 昨日・一昨日と一泊二日で鹿児島に遊びに行っていたのですが、これは僕の愉快な仲間達との年に一度の旅行があったからなのです。愉快な仲間というよりも破天荒な仲間達といった方がよいのかもしれません

 この破天荒な仲間というのは、同期入社の集まりでして、会員数は12名で無尽というのを行っています。無尽というのは、だいぶ前にも書きましたが、簡単に言うと定例の飲み会で、毎月一回飲み会を開く仲間達なのですが、その際に積み立てを行い、積み立てたお金で旅行に行くというもので、今回の旅行で20回近くになると思います

 積立金は月に3,000円ですが、毎月の無尽に欠席すると罰金が1,000円徴収されます。そうして夏と冬のボーナス時には、10,000円ずつ特別徴収を行い、積み立てられたそれらの会費で旅行の費用に充てるというものなのですが、最初の取り決めの段階で、「旅行に欠席をした場合は、全額を没収する」という案が出たのですが、それでは、あまりにも可哀相だろうということで、「旅行に欠席をした場合は、積立金を半額だけ返し、残りは没収」ということに決めました。ですから、1年間では、定例会費が3,000×12=36,000円に、2回のボーナスで20,000円ですから、積立金が一人当たり56,000円+αということになり、旅行に欠席する者は、その半金を没収され、旅行に行く人達の費用に充てられてしまうことになります

 旅行に出かける時期は、特に決めてあるわけではなく、会員全員が参加できるように日時を設定することなどは不可能なため、幹事の権限で場所と日時が決定され、会員の半数以上が参加できなければ延期ということになっています

 毎月定例の無尽に欠席をするだけでも罰金だし、旅行に欠席すると、仕事の都合であれ何であれ積立金の半額を没収されてしまうという、かなり理不尽・非人道的であり、不公平に思われる条件のようですが、まあ、破天荒な人達ばかりですので、特別苦情がでるわけでもなく今まで続いているのです

 今回の旅行の行き先についても、韓国・福岡・鹿児島の3カ所が行き先としてノミネートされたのですが、韓国は数年前にこの会で行っているところでもあり、福岡か鹿児島ということになり、「俺は鹿児島に行ったことがないから」ということと、「平日はちょっと休めないから」という幹事の意向で、土日の一泊二日で鹿児島に行くことに決定されるほどの適当な旅行なのですが、それでも誰からも文句はでてこないほど、参加者についても、さほど行き先については重要と考えているフシもなく、かなりアバウトで荒くれな人達の集まりでもあります

 そんな愉快な仲間達と一緒の旅行は、いつもアバウトで激しいものになってしまうのは当然のことで、たまには、このようなお話をしたいと思います














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